労災の後遺障害と逸失利益│職業別の計算方法と早見表
最終更新日 2024年 02月20日
監修者:弁護士法人みらい総合法律事務所 代表社員 弁護士 谷原誠
監修者:弁護士法人みらい総合法律事務所 代表社員 弁護士 谷原誠
労働災害で後遺障害あるいは死亡した場合、得られなくなった先々の収入を「逸失利益」として補償してもらえます。
最低限の補償は労災保険制度で行われますが、会社の法的責任を追及して損害賠償請求する場合を見据え、逸失利益は正確に計算しておかなくてはなりません。
本記事では、被災労働者とその家族の生活の安定を図るための基礎知識である、
・労災の逸失利益の基礎知識
(請求の条件)
・逸失利益の計算方法、各指標の考え方や算定方法
・職業別の基礎収入の計算方法+早見表
・逸失利益を請求する時のポイント
について、解説します。
(請求の条件)
・逸失利益の計算方法、各指標の考え方や算定方法
・職業別の基礎収入の計算方法+早見表
・逸失利益を請求する時のポイント
労災の逸失利益とは
労災の損害賠償で請求する逸失利益とは、労働能力喪失によって得られなくなった将来の収入を指します。これは、後遺障害や死亡により被災者の収入が失われるため、損害の一部として請求されるものです。休業損害と逸失利益の区別を含め、まずは基礎知識を押さえましょう。
労働能力喪失によって得られなくなった収入
労働災害に巻き込まれて後遺障害や死亡に至れば、必然的に被災者の将来の収入が失われ、扶養家族や相続人の生活に影響します。そのため、失われた将来の収入を「逸失利益」と呼び、損害の一部として使用者に請求することが認められます。
請求できるのは後遺障害または死亡時のみ
逸失利益を請求できるのは、労働能力の喪失が原因となる後遺障害または死亡時です。後遺障害を負ったケースでの逸失利益の請求は、一般的に、労働者災害補償保険法施行規則の別表1にある第14級以上の等級に認定されることが条件です。
減収がなくても逸失利益が認められる場合がある
労災による後遺障害で現実に減収がない場合、勤務先・使用者に逸失利益を支払わないとする対応を取られることがあります。原則上は減収なし=逸失利益ゼロとなるところ、次のようなケースでは請求できる可能性があります(最高裁昭和56年12月22日判決)。
・減収がないことについて、本人の特別の努力が認められる場合
・現在または将来従事する職業の性質に照らし、特に昇給、昇任、転職等に際して不利益な取扱いを受ける恐れがある場合
逸失利益と休業損害の違い
逸失利益と休業損害はどちらも損害賠償金の一部ですが、混同は禁物です。逸失利益とは、治療の効果が見込めなくなった時点での「将来の収入」を指します。一方、休業損害は、治療中や入通院のため休業せざるを得ない時の「現在の収入」を指します。
例として、後遺障害を負う労働災害を考えてみましょう。
この場合、症状固定の前の段階では休業損害、等級認定の結果が通知された時点で逸失利益をそれぞれ計算し、損害額全体を算出する必要があります。
逸失利益の計算方法
労災の逸失利益は、後遺障害を負った場合と被災労働者が死亡した場合で計算方法が異なります。
逸失利益の算定に使う式は、次の通りです。
▼後遺障害逸失利益の計算式
基礎収入額 × 労働能力喪失率 × 労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数
基礎収入額 × 労働能力喪失率 × 労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数
▼死亡逸失利益の計算式
基礎収入額 × (1 – 生活費控除率※)× 就労可能年数 × 労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数
基礎収入額 × (1 – 生活費控除率※)× 就労可能年数 × 労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数
基礎収入とは
基礎収入とは、原則として事故前の現実収入を指し、一定期間の賃金の平均を求めることで計算されます。少なくとも直近1年分の源泉徴収票や確定申告書を揃え、所得の種類等に応じて適切に計算する必要があります。
労働能力喪失率の基準
労働能力喪失率とは、被災労働者が後遺障害を負う場合に、元々あった労働能力のどれだけ失われたかを示す指標です。基準は障害等級ごとに定められており、労働能力喪失率表で確認することができます。
もっとも、表に記載された基準だけでなく、被害者の職業や年齢、性別、事故前の稼動状況なども考慮されます。
障害等級 | 労働能力喪失率 |
第1級 | 100% |
第2級 | 100% |
第3級 | 100% |
第4級 | 92% |
第5級 | 79% |
第6級 | 67% |
第7級 | 56% |
第8級 | 45% |
第9級 | 35% |
第10級 | 27% |
第11級 | 20% |
第12級 | 14% |
第13級 | 9% |
第14級 | 5% |
労働能力喪失期間・就労可能年数の算出方法
後遺障害を負ったケースの労働能力喪失期間は、症状固定日を起点として、67歳までの年数を基本とします。症状固定時の年齢が67歳を超える場合は、原則として厚労省発表の簡易生命表を参照し、平均余命の2分の1を労働能力喪失期間として算出します。
一方、被災労働者が死亡したケースでは、労働能力喪失期間に相当する指標として「就労可能年数」を用います。この場合も、原則として67歳まで働けたものと考えます。
中間利息控除(ライプニッツ係数による控除)とは
中間利息控除とは、将来受け取るはずだった金銭につき、現時点で支払ってもらうことが発生する利益(中間利息)を差し引くべきとする考え方です。控除にあたっては、被災労働者の年齢に応じ、ライプニッツ係数と呼ばれる数字を用います。係数は年齢が若いほど大きくなる、つまり控除額が大きくなると言えます。
生活費控除率とは
生活費控除率とは、被災労働者が死亡した場合に、その労働者自身や家族のために支出されるはずだった将来の生活費の割合を示すものです。控除率の基準は、被災者の性別あるいは役割に応じ、次の通りとなります。
一家の支柱(被扶養者1人) | 40% |
一家の支柱(被扶養者2人) | 50% |
女性(主婦・独身) | 30% |
男性(独身) | 50% |
職業別・逸失利益の計算方法と早見表
労災の逸失利益の額を決定づける基礎収入の計算は、就労状況により方法が異なります。
原則上は現実の収入としますが、平均賃金を大きく下回っている場合や、特定の事情があり立証ができる場合には、現実の収入とは異なる額が基礎収入として採用されます。
基礎収入の考え方を早見表でまとめると、次の通りです。
給与所得者 | 原則として事故前の収入 |
事業所得者 | 申告所得(うち、実収入にあたる部分) |
家事従事者 | 実収入と平均賃金のうち高い方 |
高齢者 | 原則として実収入(受給開始前の年金も認める場合あり) |
学生 | 平均賃金(進学・就職の予定を考慮) |
給与所得者の場合
給与所得を得る労働者の場合、原則として事故前の収入を基礎に損害賠償額を算出します。しかし、現実の収入が平均賃金を大きく下回っている場合には、後遺障害や死亡がなければ平均賃金が得られる見込みが十分あると考えられる場合に限り、平均賃金を基礎収入として使用することができます。
ここで言う平均賃金とは、厚生労働省が毎年公表する賃金構造基本統計調査(賃金センサス)を用いて割り出すものです。
この統計調査は、年齢や職種などによって異なる平均賃金が掲載されており、事故の影響を受けた給与所得者が属する年齢や職種に応じた適切な平均賃金を算出することができます。
事業所得者の場合(一人親方など)
事業所得を得る労働者の場合、支払額の算定には申告所得を参考にします。自営業者や自由業者、農林水産業などは、この申告額と実収入額が異なることがありますが、立証があれば実収入額を基礎として支払額を算定します。
また、所得が不動産所得や家族の労働等による複合的な性質を有する場合は、所得に対する本人の寄与部分の割合によって算定します。
兼業の家事従事者の場合
兼業で家事に従事する労働者(主婦・主夫)は、実収入と平均賃金のうち高い方を基礎収入とします。ここで言う平均賃金は、厚労省が毎年公表する賃金構造基本統計調査(賃金センサス)が基準です。
賃金センサスの記載情報は細かく分類されており、逸失利益の計算では産業計、企業規模計、学歴計、全年齢平均の賃金額を基礎とします。
なお、被災した兼業の家事従事者が男性(主夫)であっても、賃金センサスでは女性労働者の平均を参考とする点に要注意です。
高齢者の場合
高齢の労働者の場合は、実収入を基礎収入とします。実収入が少ない場合は、実際の勤務状況等を総合的に考慮して、賃金センサス第1巻第1表の産業計、企業規模計、学歴計、男女別、年齢別平均の賃金額を基礎とする場合もあります。
また、受給開始前であっても、年金の納付状況に基づき、老齢年金を逸失利益として認める場合があります。
学生の場合
学生アルバイトやパートの場合は、在学状況から賃金センサスの学歴計・男女別全年齢平均賃金を基礎収入とします。この時、大学を卒業してから就職するのがある程度確実視される労働者については、進学前であっても大卒の平均賃金とすることが可能です。
また、高等専門学校や工業高校で専門教育を受けているケースでは、技術職の平均賃金とする等と進路別の平均賃金を採用する場合があります。
労災の逸失利益を請求する時の注意点
労働災害が発生した際に、被災労働者が受け取ることができる補償金のうち、働けなくなったことによる稼ぎ損ね(休業補償手当)や将来の収入が減ることによる損失を指します。
労災で後遺障害や死亡に至った場合、安全配慮義務違反を立証する必要がありますが、使用者に対して障害(補償)給付と逸失利益との差額を請求できます。
また、労災保険制度の保証対象外である慰謝料も請求できます。
なお、労災見舞金は原則として損害賠償金の算定時には考慮されないものですが、実質的な損害賠償と見なされる場合には補償全体から控除されることがあります。
労災見舞金を受け取った場合には、その金額の記録を用意しておくことがおすすめです。
後遺障害慰謝料の早見表
労災で後遺障害や死亡に至ったケースでは、損害賠償請求の中で、逸失利益の他に慰謝料も請求できることがあります。慰謝料とは、被災労働者本人や近親者が負った精神的苦痛に対する補償です。
慰謝料の相場は下記の通りとなりますが、あくまでも過去の判例に基づく一定の基準に過ぎず、個別事情が考慮されます。
障害等級 | 慰謝料の相場(弁護士基準) |
第1級 | 2800万円 |
第2級 | 2300万円 |
第3級 | 1990万円 |
第4級 | 1670万円 |
第5級 | 1400万円 |
第6級 | 1180万円 |
第7級 | 1000万円 |
第8級 | 830万円 |
第9級 | 690万円 |
第10級 | 550万円 |
第11級 | 420万円 |
第12級 | 290万円 |
第13級 | 180万円 |
第14級 | 110万円 |
【関連記事】
・労災事故の慰謝料の相場と慰謝料を増額する方法
・労災事故の慰謝料の相場と慰謝料を増額する方法
労災保険給付と損害賠償金の関係
労災で生じた損害に対する補償は、労災保険給付と使用者が負担する損害賠償金(または示談金)を合算して行われます。厳密には、損害賠償すべき額につき、労災保険給付が確定している部分だけ会社が責任を免れるとされます。
使用者に請求できる部分として、障害(補償)給付と逸失利益との差額のみならず、労災保険制度の保証対象外である慰謝料全額が挙げられます。
もっとも、使用者に対する請求の前提として、安全配慮義務違反等の法的責任の主張・立証があることは重要です。
勤務先の落ち度とは関係なく業務災害や通勤災害であればもらえる労災保険(無過失責任)と区別しましょう。
労災見舞金と損害賠償金の関係
労災見舞金は、原則として損害賠償金の算定時には考慮しないものとされています。しかし、労災見舞金の支払いが実質的な損害賠償であると見なされる場合は、例外的に補償全体(労災保険給付+損害賠償金)から控除されることがあります。
勤務先から見舞金支払いがあった時は、その金額の記録を用意しておきましょう。
▼労災見舞金が補償から控除されるケース(一例)
・損害賠償の一部になると説明された上で労災見舞金を受け取った場合
・労災見舞金が高額に及び、その金額から損害賠償の一部と評価すべき場合
・労災見舞金が高額に及び、その金額から損害賠償の一部と評価すべき場合
逸失利益を適切に請求するためのポイント
逸失利益を適切に請求するためのポイントは4つに絞れます。
使用者・勤務先に対する損害賠償請求で被災関係者の生活の再建を図れるよう、意識すると良いでしょう。
【関連記事】
・労災事故が起きたときの示談交渉の基本・解決までの流れ
・労災事故が起きたときの示談交渉の基本・解決までの流れ
適切な障害等級を獲得する
逸失利益を適切に請求するためのポイントは、後遺障害逸失利益の算定において、労災保険制度の障害等級を適正に獲得することです。障害等級が適切でない場合、保険給付や会社への請求額が減ることで、精神的苦痛や生活費の補償が不十分になる恐れがあります。
適切な障害等級を獲得するためのポイントは、労災発生時から症状固定(症状改善が望めない状態)に至るまでの適時・適切な検査や治療です。
必要な医学的処置を全て受けることで、労災との因果関係や表れている症状につき、提出する後遺障害診断書・意見書の中で説明できるようになります。
上記書類さえ整っていれば、等級認定の審査での判断は十分尽くされます。
【関連記事】
・労災で適切に後遺障害等級が認定される人、されない人の違いとは
・労災で適切に後遺障害等級が認定される人、されない人の違いとは
被災労働者の収入を正確に把握する
被災労働者が労働災害による損害を正確に評価するためには、まず収入を正確に把握することが重要です。労働災害が発生した場合、直ちに給与明細や確定申告書を少なくとも去年分から収集しましょう。この書類は労働災害から損害額計算までの間に必要となります。
気をつけたいのは、フリーランスや個人事業主、建設現場や設備に携わる一人親方の場合です。
上記のような働き方は、節税のため経費計上している等の理由で、給与明細や確定申告書があっても正確な収入の把握が難しいのが現状です。
当てはまる被災労働者は、なるべく弁護士に相談し、適正に計算してもらいましょう。
逸失利益の請求権には消滅時効がある
逸失利益の請求権、正確には損害賠償請求権には消滅時効があります。症状固定日または死亡から5年以内には、請求手続きに着手しなければなりません(民法第166条1項・第724条の2)。
労災保険制度の障害(補償)給付、遺族(補償)給付も、請求期限は同様です。
重度の後遺障害では、症状固定までに1年以上の月日を費やす場合も珍しくありません。
早々に損害額を計算し、請求権がなくならないうちに行動する必要があります。
早期に弁護士に相談する
弁護士との早期相談は、労働者が適切な損害賠償や労災保険を受け取るために非常に重要です。出来るだけ労災発生の一報を受けた段階から弁護士が支援者となることで、受診について青葉椅子しつつ、個々の事例に応じた損害額の計算をスムーズに進められます。
また、弁護士のメリットとして、複雑な労災保険制度につき関するアドバイスや手続きのサポートが得られる点が挙げられます。
逸失利益等につき損害賠償請求するケースでは、示談交渉及び訴訟対応のプロとして弁護士は力を発揮します。
まとめ
労働災害で被災した時は、労災保険制度と損害賠償請求によって、将来の収入が「逸失利益」として補償されます。休業損害との混同に注意し、被災労働者の状況に応じて基礎収入を適切に見出しながら、損害額を正確に計算しなければなりません。
改めて逸失利益の計算方法を紹介すると、次のようになります。
後遺障害の場合 | 基礎収入額 × 労働能力喪失率 × 労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数 |
死亡の場合 | 基礎収入額 × (1 – 生活費控除率※)× 就労可能年数 × 労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数 |
被災労働者とその家族のため慰謝料を含めた十分な補償を受けようとすると、様々な壁が立ちはだかります。
保険給付のための手続き、障害等級の認定、会社との示談交渉や労働訴訟の対応は、出来るだけ早めに弁護士に任せましょう。
【関連記事】
・労災で弁護士に相談すべき5つの理由
・労災で弁護士に相談すべき5つの理由