労働災害(労災)で脊髄損傷になった場合の損害賠償は?<弁護士解説>
監修者:弁護士法人みらい総合法律事務所 代表社員 弁護士 谷原誠
目次
安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求
労働者が仕事中に傷害を負う場合があります。いわゆる「労働災害(労災)」というものです。
そして、危険な作業の場合には、それだけ労働災害による傷害も重傷となる場合があります。
今回は、労働者が労働災害で、仕事中に脊髄損傷の傷害を負い、後遺障害が残ってしまった場合に、会社に対して損害賠償できるか、について、解説をしたいと思います。
会社は、「労働者が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するように配慮すべき義務」があります(川義事件最高裁判決)。
これを「安全配慮義務」といいます。
労働安全衛生法24条でも、「事業者は、労働者の作業行動から生ずる労働災害を防止するため必要な措置を講じなければならない」と規定しています。
この義務を怠ったために、労働者が労働災害(労災)により怪我をしてしまった場合には、会社には、安全配慮義務違反、として、労働者が被った損害を賠償する責任が発生します。
では、この安全配慮義務違反で労働者が脊髄損傷になった場合、どうなるでしょうか。
まず、脊髄損傷で認定される労働災害(労災)の後遺障害等級は、1級3号、2級3号、5級1の2号、7級3号、9級7の2号、12級12号です。
詳しい等級の内容は、下記をご参照ください。
労災で脊髄損傷を負った場合の後遺障害等級と慰謝料
労災が認定された場合には、労災保険から保険給付を受けますが、脊髄損傷で後遺障害等級が認定された場合には、この保険給付では、損害の全てを補填するのは難しいでしょう。
そこで、不足する損害については、安全配慮義務を怠った会社に対して損害賠償請求をしていくことになります。
そこで、過去の労働災害(労災)の事例で、どのような損害賠償がなされたか、見ていきましょう。
労働災害(労災)の脊髄損傷事例その1
【東京地裁平成24年7月19日判決】
建設工事の現場において、クレーンによる単管パイプを搬出する作業に従事している際、荷崩れが起きて、建設作業員が労働災害(労災)事故で脊髄損傷の傷害を負った事例。
作業員は、両下肢機能障害を負って、身体障害程度等級1級が認定された。
そこで、作業員は、2億6111万7256円の損害賠償を求めて提訴した。
判決は、他の作業員がパイプ枠から単管パイプが抜け落ちることのないように単管パイプに直接ワイヤーロープをかけて結束すべきなのにパイプ枠にワイヤーロープをかけ、その後も結束されているかを確認すべきなのにそれを怠った、として不法行為に基づく損害賠償責任を認め、会社は、その使用者責任と安全配慮義務違反を認めた。
しかし、作業員も、つり荷の下に立ち入ることの危険性を十分に認識でき、つり荷の下に立ち入ることの危険性を自ら回避できた、として4割の過失相殺を認めた。
その結果、裁判所は、会社等に対し、1817万5232円の損害賠償を命じた。
労働災害(労災)の脊髄損傷事例その2
【東京地裁平成17年11月30日判決】(判例時報1929号69頁)
解体工事請負業者にアルバイト作業員として、工事現場の2階から転落して労働災害(労災)事故で脊髄損傷等の傷害を負った事例。
作業員は、両下肢完全運動麻痺、自排泄不可の後遺症を残し、労災が認定されて、後遺障害等級1級3号が認定された。
そこで、作業員は、約1億円の損害賠償を求めて提訴した。
判決は、使用者がヘルメットや安全帯の装着等についてテキスト等を使用した徹底的な安全教育まで実施してはいなかったこと、作業員がヘルメットをせず、安全帯を用いていないことを認識しえたのであるから、転落防止のための何らかの措置があったにもかかわらずこれを怠り、また、安全帯の着用等について具体的に注意を促すこともしなかったから、過失があるとした。
そして、作業員は約1年半の解体作業の経験があるから、危険の認識はしえたはずであるが、他の作業員より歳が若く、経験も少ないこと、使用者の過失が重大であることを考えると、作業員の過失は1割である、と判断した。
その結果、裁判所は、使用者に対し、8123万0034円の損害賠償を命じた。
労働災害(労災)の脊髄損傷事例その3
【東京地裁平成12年5月31日判決】
荷積用のコンテナを運搬先の倉庫に荷下ろす作業をしていた作業員が、そのコンテナの下敷きになって、労働災害(労災)により脊髄損傷の傷害を負った事例。
作業員は、両下肢完全麻痺、腋以下知覚脱失、膀胱直腸障害の後遺症を残し、労災が認定されて、後遺障害等級1級3号が認定された。
そこで、作業員及びその家族は、会社と代表者に対し、約5000万円の損害賠償を求めて提訴した。
判決は、作業員と一緒に作業をしていた同僚が、作業手順と異なる手順で作業をし、かつ、声を掛け合うなどもしなかったなどの過失があり、会社は、使用者責任を負担する、としたが、代表者については、現実の作業で指示監督していたわけではない、として責任を否定した。
そして、作業員も、一般的作業手順とは異なる手順で作業をし、他の同僚が安全措置をしているなどと安易に信頼したなどの過失がある、として、作業員の過失割合を5割と判断した。
その結果、裁判所は、会社に対し、合計で約3300万円の損害賠償を命じた。
労働災害(労災)の脊髄損傷事例その4
【浦和地裁平成8年3月22日判決】判例タイムズ914号162頁
家屋の新築工事に従事していた大工が、屋根から転落して、脊髄損傷の傷害を負った事例。
大工は、両下肢麻痺、知覚脱失の後遺症を残し、1級相当の後遺障害が残った。
そこで、大工は、建築会社に対し、1億円の損害賠償を求めて提訴した。
判決は、大工と建築会社との関係は、雇用関係ではないが、実質的な使用従属関係があったとして、建築会社に安全配慮義務違反を認めた。
そして、大工は20年の経験のある大工であったこと、本件状況下においては、作業に従事することが極めて危険でああることを十分認識していたこと、足場がないまま作業に従事する必要はなかったこと、などから、大工の過失割合を8割とした。
その結果、裁判所は、会社に対し、3321万6095円の損害賠償を命じた。
労働災害(労災)の脊髄損傷事例その5
【東京地裁昭和57年3月29日判決】判例タイムズ475号103頁
建物の新築工事現場でスレート葺鉄骨造のガレージ二棟の解体作業に従事していた作業員が、スレートを踏み抜き屋根から墜落し、頭部外傷、脊髄損傷の傷害を負った事例。
作業員は、四肢体幹機能障害の後遺症を残し障害等級1級が認定された。
そこで、作業員は、会社に対し、損害賠償を求め提訴した。
判決は、会社が、工事現場に歩み板を設け、防網を張るなど踏み抜きによる墜落防止措置を講ずべき義務があるのにこれを怠ったとして、過失を認めた。
そして、作業員も、誤って鉄骨から足を踏み入れ外したとして、過失割合を2割とした。
その結果、裁判所は、会社に対し、5000万円の損害賠償を命じた。
このように、労働災害(労災)で、脊髄損傷の傷害を負った場合に、安全配慮義務違反を理由として使用者の損害賠償責任を認めた判例は多数あります。
ただ、使用者側から過失相殺の主張が出てくることがほとんどであり、その争いで賠償額が大きく変わってしまいます。
会社に損害賠償請求ができるのかどうか、知りたい場合は、弁護士にご相談ください。